患者行動とABC分析         

     

1.行動分析学とABC分析

(1)「行動分析学」とは文字通り、人間(または動物)の行動を分析し、問題を解決に導く実践的な科学です。

 人は、なぜそのように行動するのか、あるいはまた、なぜ行動しないのか。

 

 行動分析学はこれまでに、学校教育、障害児教育、カウンセリング、スポーツのコーチング、企業コンサルティング、医療や福祉、交通安全など、さまざまな分野において、問題解決のための考え方の1つとして活かされています。

(2)「ABC分析」とは、問題解決に役立つ行動に関して、なぜ行動が少ないのか・多いのか、どうすれば行動を増やしたり、減らしたりできるのかを分析するための手法です。

【強化の原理】

 「行動することで、何か良いことが起こったり、悪いことがなくなったりすると、その行動は繰り返される」ことを「強化の原理」といいます。

 「強化の原理」とは・・・
 行動することで、何か良いことが起こったり、悪いことがなくなったりすると、その行動は繰り返されること

(例)

 直前  行動  直後
 痛みがある 鎮痛剤をのむ  痛みがない

【弱化の原理】

 「強化の原理」とは逆に、「行動することで何か悪いことが起こったり、良いことがなくなったりすると、その行動が繰り返されなくなる」ことを「弱化の原理」といいます。

 「弱化の原理」とは・・・
 行動することで、何か悪いことが起こったり、良いことがなくなったりすると、その行動が繰り返されなくなること

(例)

 直前  行動  直後
 吐き気がない 抗うつ薬をのむ  吐き気がある


 強化の原理が働くときには、「〜の時に、〜したら、〜になった」という関係が成り立っています。「〜の時に」というのは行動が起こる直前の環境のことで、「先行条件(Antecedent)」といい、「〜したら」は「行動(Behavior)」、「〜になった」は行動の直後に起きた環境の変化のことで「結果(Consequence)」といいます。先行条件、行動、結果の3つの関係を分析することを、頭文字をとって「ABC分析」といいます。 

 先行条件
(A:Antecedent)
 行動
(B:Behavior)
 結果
(C:Consequence)
 〜のときに  〜したら  〜になった

 ABC分析は、医療の分野においては、自閉症や注意欠陥・多動性障害(ADHD)の子どもの問題行動の原因を探ったり、学習を促進するための指導方法を考えたりするために、実際に応用されている手法です。また、体重コントロールや禁煙指導などの保健指導を実施するための効果的なアプローチ方法にも、その理論が応用されています。

2.患者行動とABC分析

(例1)

 患者は、医師や薬剤師から説明を受けた結果、薬の処方目的や効果、副作用などを理解でき、疑問や不安が解消されれば、「薬を使用する」という行動を起こすことができます。さらに薬を使用した結果、「効果がある」、「副作用がない」など、患者にとってプラスの要因が増えれば、「薬を使用する」という行動を繰り返すことが予想されます。言い換えると「薬を使用するという行動(服薬行動)が強化された」と言えます。(表1)

表1

 先行条件(A)  行動(B)  結果(C)
 医師や薬剤師から薬の説明を受ける 薬を使用する  効果がある
副作用がない 
   
   

(例2)

 患者Aさんは糖尿病患者で、食直前に服用すべきベイスン錠0.2mgをよくのみ忘れます。なぜのみ忘れるのか、どうすればのみ忘れを減らすことができるのかという問題を、行動分析学の考え方を用いて解決に導きましょう。

 Aさんの服薬行動をABC分析すると(表2)のようになります。

表2

 先行条件(A)  行動(B)  結果(C)
 医師や薬剤師から食直前に薬を服用するように説明を受ける 薬を使用する  すぐに効果が実感できない
目の前の食事をすぐに食べられない
   
   

 患者の多くは「少しでも症状を改善したい」という意識を持って治療に臨んでいるはずです。ところが服薬を忘れる原因は、患者の意識だけに問題があるのではなく、望ましくない行動が強化されていたり、望ましい行動が弱化されていたりするためと考えられます。この患者さんの場合、行動の直後に薬の効果が得られないだけでなく、食事という誘惑が行動の邪魔をしていることが分かり、服薬行動が強化されないのは明らかです。

 では、Aさんの服薬行動を強化するためには、どのような対策が有効なのかを考えて見ましょう。

【解決策1】結果を変える

 行動直後の状況変化が行動の増減に影響します。

 Aさんがきちんと服薬した結果として、家族や医師・薬剤師からほめられることにより、「強化の原理」が働きます。(表3)

表3

 先行条件(A)  行動(B)  結果(C)
 医師・薬剤師から薬の説明を受ける 薬を使用する  家族や医師・薬剤師からほめられる


【解決策2】先行条件を変える

 (1)手首に輪ゴムをつける
 
 どちらかの手首に輪ゴムをつけ、服薬を忘れたときにもう一方の手で輪ゴムをはじきます。服薬することによって痛みを感じなくて済み、この場合にも「強化の原理」が働きます。(表4)

表4

 先行条件(A)  行動(B)  結果(C)
 手首に輪ゴムをつける 薬を使用する  痛くない
   
   

 (2)血液検査の結果を記録する

 服薬してもすぐに効果は実感できませんが、血液検査の結果を毎回記録しておくことによって次回の結果が気になるようになり、服薬行動が強化されることもあります。

 ただし、検査結果が出るまでに数日または数週間かかるので、服薬行動の直後に結果が得られず、行動を強化する強力な因子にはならないと考えられます。(表5)

表5

 先行条件(A)  行動(B)  結果(C)
 血液検査の結果を記録する 薬を使用する  次回の血液検査の結果が気になる
     
     

 (3)達成度が一目でわかるようにグラフ化する

 横軸に日付、縦軸に服用した薬の累積錠数を表すグラフを作成し、毎日記録します。この方法なら、服薬行動の直後に視覚的に結果を確認することができます。(表6)

表6

 先行条件(A)  行動(B)  結果(C)
 グラフを作成する 薬を使用する  グラフが右肩上がりになる
   
   

 患者の多くは、指示された通りに薬の使用を続けていると思われますが、「患者が薬の使用を続ける理由」は何であり、そこにはどのような「強化の原理」が働いているのでしょうか? 

 逆に「患者が薬の使用を続けられない理由」は何であり、なぜ、薬の使用を続けるという行動が強化されないのでしょうか?

 薬剤師は客観的に患者の行動を分析し、行動が強化されていない場合には、「結果」や「先行条件」を変えるような提案や服薬説明をすることもひとつの方法です。

 患者自身が「自分が主体的に治療に参加する」という意識を持つことや、望ましい患者行動の障害になっているものを克服できるという自信を持つことが大切であり、薬剤師はそれを支援するという立場に立って、服薬説明をすることが重要と考えています。

 (備考)「調剤と情報」(じほう)の200年8月〜2009年1月に掲載された「服薬指導に生かす行動分析学@〜E」も参考にしてください。

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